9月14日、米国の老舗スポーツメディアのSports Illustrated誌が大谷選手についての詳細な特集記事を公開した。同誌の主任ベースボール担当記者であるTom Verducci氏渾身の作である。
大谷のピッチングをレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画に例えているところが面白い。
日本語訳の後編を紹介したい。
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The Ohtani Rules
ザ・オータニ・ルール(後編)
投手としての芸術性においてオータニの非凡さは、わずかな人間だけに許された100マイルの球を投げられる能力にある。ワイズ投手コーチとキャッチャーのマックス・スタッシ、カート・スズキはオータニ、ミズハラと共に試合前に相手バッターのレビューを行う。
ワイズ投手コーチ
「オータニは極めて知性的で情報に対してオープンで、記憶力が抜群だ」
しかし試合が始まるとオータニは台本よりも感性を大事にする。
例えばタイガースとの一戦、最初の2イニングのストレートの平均球速は93.5マイルだったが、最後の3イニングは97.8マイルに上がった。オータニはそこに4つの球種を混ぜてくる。カーブ、スライダー、カッター、そしてチェンジアップのような役目を担うスプリット・フィンガー・ファストボールだ。スプリットはストレートより約10マイル遅く、縦方向に34インチ(86cm)落ちる。
オータニがメジャーに来て以来、全てのピッチャーが投じた球種(最低400球)でこのスプリットは最も打つことが難しいボールだ。オータニのスプリットの被打率は 0.69で、4年間で打たれたヒットはわずか11本、ホームランは1本もない。
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オータニがこの5つの球種で示すシャープさとタッチは、投手専業の者よりも遙かに少ない練習しかしないことを考えると驚異的である。オータニがボールを投げる様はダ・ヴィンチの筆使いのようだ。ダ・ヴィンチの傑作の筆使いには澄み切った美、動きの軽快さと労力がある。そして技術的に素晴らしい魔術である。オータニはダ・ヴィンチのスフマートのテクニックを拝借しているかのようだ。スフマートとは人間の眼にはほとんど認識できないレベルで陰影と色彩を精緻にブレンドするイタリアの絵画技法である。
イタリア語から直訳すれば「消える」もしくは「蒸発する」である。スフマートこそモナ・リザの微笑を謎めいたものにしているもので、オータニの投球も謎めいたものなのだ。
オータニの投球で最も印象的なものは何かと聞かれたワイズ投手コーチ
「大きな球速差のある速球を投げられることだ。90~100マイルの全てで効果的な速球を投げられる。そしてそれらをストライクゾーンで効果的に使える。それこそ私には信じられないことだ。そんなことができる男はほとんどいない。オータニは必要あらば自由に球速を調整できるんだ。
私には13歳の息子がいる。息子にこう言うんだ。『もし誰かの投球フォームを真似るとしたらそれはオータニだ』と。オータニの投げ方は上手い。オータニはエリート・アスリートのように動ける大きな男だ。彼はエリート・アスリートなんだよ。彼の投球フォームは流れるようだ。私にはこれ以上パーフェクトなフォームはないんじゃないかと思える」
オータニは子供の頃、速いスイマーだった。広い肩幅、引き締まったウエスト、長い手足、マイケル・フェルプス(水泳のメダリスト)の引き締まった強靱さと異常なまでの柔軟性を持つ。オータニの投球後、右手は左の腹斜筋の裏側を叩くように動く。これは腕や肩の消耗を防ぐために十分な長さの減速距離が取れる理想の動きだ。例えれば飛行機が短い滑走路でフルブレーキで止まるのではなくて、長い滑走路に着陸してゆっくりと止まるようなものだ。
打者としてはオータニは始動とフィニッシュで両手が高く上がる。壮大なフィニッシュではバットの太い部分が右肩の後ろに当たる。真夏のある時期、オータニは21試合で16本のホームランを打ったア・リーグの歴史で最初のバッターになった。今年オータニは3つフライを打てばそのうち少なくとも1本はホームランとなった(率は34.4%で、ア・リーグ最高)
ギャレゴ・ベンチコーチ
「我々は世界で特別なものを目にしていると思う。打席ではバリー・ボンズのようだ。バリー・ボンズが73本のホームランを打ったシーズンは、彼がスイングするたび誰もが息をのんだ。ボンズがボールを見送る時以外、それはホームランになった。今のオータニがそんな状態だよ。ボンズを除いてそんな気持ちになったことはない。
そんな男がサイ・ヤング賞の候補でもあるんだよ。そんな人間はどこにもいやしない。我々はオータニをベーブ・ルースと比べようとするが、それはオータニを公平に評価していないと思う。私が日常的に見てきた中でもオータニがベストだ。リッキー・ヘンダーソンのような殿堂入りプレーヤーも何人も見てきた中でもだ。今やっていることのオータニの能力、そしてそれを毎日のようにやっていること、私は驚くしかないよ」
オータニはビジネス上も有効だが、それはTシャツのビジネスだけではない。2021年オールスターユニフォームにオータニがサインしたもの(しかしオータニが着たことはない)がMLBオークションに出ると131,210ドルで落札され過去20年の歴史で最高値を記録した。それまでの記録はそのわずか3日前に記録されたもの――オータニが試合で使用したエンゼルスのユニフォームの121,800ドルだった。
シーズン中の60日スパンで見ると、オータニが直接関係した新しいスポンサーからMLBは45万ドルを得ている。そのほとんどはオールスターゲームの日本での放映に関するものだった。
日本ではオータニが出場するMLBの試合は、彼が出ない試合よりも256%も視聴率がアップする。SNSでオータニに関する投稿も267%アップだ。
台湾ではオータニに関するFacebookの投稿はオータニ以外のMLBの投稿よりも921%も多い。エンゼルス戦の放送は全試合の約30%であるが、オータニがいない試合よりも80%も視聴率が良くなる。
韓国ではオータニ関連の投稿には188%も「いいね」が多く付く。
オータニグッズには大量のTシャツに加えて、バースデーカード (IT’S SHO BIRTHDAY)、コーヒーマグカップ、枕、帽子、パーカー、ビーチタオル、クリスマスオーナメント、ノートパソコン用ケース、携帯ケース、ウォーターボトル、イヤリング、毛布、トートバッグ、時代に即してフェースマスクまである。
ベーブ・ルースがあまりに疲れるからと二刀流をやめて102年、オータニは真のインターナショナル・ブランドになった。もしエンゼルスがプレーオフ常連になれば、ベースボールの顔になる。
タイガースのヒンチ監督
「オータニからはまさに本物という印象を受ける。彼のプレーをオールスターゲームで遠くから見ていて楽しかったよ。祝福されるにふさわしいグッドプレーヤーだ」
疲れ切ったに違いない2日間のデンバーでのオールスター・フェスティバル中もオータニは笑顔を絶やさなかった。ダービー、試合、そして次から次へのインタビューの間も。ダービー前にフィールドを取り囲んだ群衆をかき分けて歩いている時に、オータニの肩に偶然肩に担がれたテレビカメラがぶつかった。オータニは即座に振り向いてカメラマンに「大丈夫ですか?」と尋ねた。オータニはダービーで15万ドルの賞金を得たが全てをエンゼルスのトレーナー、オフィス職員ら30人に献上してしまった。
オータニはマメに身の回りをきれいにしている。ダッグアウトやグラウンドに落ちているちいさなゴミでも拾う。オータニはリトルリーグの選手がやるように時々マウンド上でボールを自分に向かって弾く。試合の最初の打席では相手チームのキャッチャーと主審に向かって必ず丁寧にお辞儀をする。
マドン監督
「彼がグラウンドに出てくる時、非常に大きな期待がかかっているが、オータニはただエンゼルスのために試合をしている。トーキョーはニューヨークみたいなものだ。彼は西海岸の大きなマーケットでプレーしている。子供達は誰もがオータニを見たがるし、彼がやることをしたがる。彼はそんなファン心理とも上手く付き合っている。
エンゼルスの誰もがオータニのことを好きになる。彼の能力を高く買っている。でも彼を好きになる理由はオータニが誰に対しても敬意を持ち、控えめでいるからだ。オータニのテンションの高いクスクス笑いがダッグアウトから聞こえたら、全てが上手くいっているってことだ」
日本のことわざを禅スタイルの文字で和紙に書くとほとんどアートである。その作者は文字が作り出す意味と一体となる。
アメリカ人は品位のないTシャツでバカ笑いしている。
「井の中の蛙」ということわざは経験が乏しいと人間の限界も狭まるということを意味している。井戸の中にいるカエルは大海の大きさがわからない。世界へ出ろというメッセージなのだ。
ベースボールの世界では井戸の外へ出るとは、12歳の子供に投手だけやれと言うような、何でも専門化してしまう、何でも制限してしまうアメリカ流のやり方を超えろということだ。平均的なリリーフ投手は1回の登板で19球までにしろとか、1チームで年間に使える投手は35人までにしろとかだ。オータニもまた制限を受けていたが、彼は8月半ばで投球が100イニングに到達し、オータニよりも多く投げているのはメジャー全投手の11%しかいない。
オータニが世界を変えていると考えることはウキウキする。しかし例えば「SHOHEI OHTINY」と書かれた幼児服を着た子供が大きくなってたくさんの二刀流選手が生まれる、そういうことは単なる始まりに過ぎないと思うことは、二刀流の才能がありケタ違いの運動能力を持ち、やる気もあって控えめで楽しさにあふれた人が世界にはいると信じることに他ならない。
マドン監督
「これまで見たこともない。想像することすら難しい。マウンド上と打席であのスキルを持ち合わせることはありえない。走力も忘れてはならない。彼が成し遂げていることを見ると、人々が二刀流も可能だと信じるトレンドを大谷が切り開いたのだ。彼が壁を破った。ベースボールのプロの世界で二刀流をやってみようと思う人が現れるかも知れない。しかし第2のオータニが見られるわけではない。オータニに近いレベルのプレーヤーすら現れないだろう。オータニはまさに人生で一度見られるかどうかというプレーヤーだ。100年に一度、いやもっと希だろう」
オータニがやっていることはあまりに例がなく、壊れやすさと同居しているかもしれない。史上まれに見る驚異のシーズンが再び起こるとしたらどんなことになるのだろう?その答えはオータニの肉体と順応性、二刀流をやることを彼がどのくらい楽しむかにかかっている。
マドン監督
「オータニがどんな風に走り、どのような身体の動かし方をするか見ればわかるだろう。大きな男だが本当に高いレベルの走力があり、まるでNFLのワイドレシーバーだ。彼の動きは流れるようなんだ。こわばったところがない。自由な動きをする。私が思うに、投打両方をするためにどちらか一つをやり過ぎたり、偏ったり、あまりに熱心にやるということがないのだろう。心が散漫になるともう元の形には戻らない。一つのことに拘泥することなく多くのことをやる、それは規律を保つのに役立つのだろう」
ギャレゴ・ベンチコーチはオータニの年はこれからも続くかと問われて
「どうしてそうならないと?オータニの体調は良い。雄牛のように強靱で、ガゼルのように走る。彼はスーパーヒーローだよ」
そこでもう一度、何を疑問に思うことがある?我々はオータニを見ていても、彼に注意を払っているのか?なぜかというと、もし注意を払っているなら、彼は過去最高のシーズンを見せてくれているだけでなく、現在形で起こっている知と美を思い出させているとわかるはずだからだ。
井戸の外に出た時にだけ世界の広大さを真に認識できるのだ。限界は崩れ去った。
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