サンフランシスコ・クロニクル紙:敵から見た打者大谷

現地3月30日、アメリカの各メディアは一斉に大谷のデビューの様子を伝えた。いつもはエンゼルスの地元紙を中心に追いかけているのだが、今回は対戦相手のオークランド・アスレチックスの地元紙の視点で見た大谷対策の記事が興味深かったので紹介したい。


Shohei Ohtani debuts against A’s: single in first at-bat
(A’s戦でのショーヘイ・オータニのデビュー:第1打席でヒット)

ショウヘイ・オータニの情報がないため、A’sは急いで彼について情報収集する必要がある。ボブ・メルビン監督は開幕投手のケンダル・グレーブマン投手に対して、オータニの弱点を探るよりも力で押せと命じた。

弱点があろうとなかろうと。

スポンサーリンク

グレーブマンは初球に92マイルのカッターを低めのインコースに投じ、それを捉えたオータニは1-2塁間を破るライト前ヒットを放った。

A’sの得た情報:オータニはあのコースが好きだということ。

オータニのメジャーデビューは木曜日のコロシアムで8番DHとして訪れた。投打に渡る成功で「日本のベーブ・ルース」として知られたオータニは、日曜日のシリーズ最終戦のマウンドに立って投手としてデビューする予定だ。

エンゼルスには球界最高のプレーヤーであるマイク・トラウトがいるが、木曜日の最大の注目はオータニであった。

おおまかに言って150人ものメディアが集まり、そのうち80~85人は日本人メディアで、ただオータニの全ての動静を追いかけるためだけにいた。

試合前、カメラの注目を浴びたオータニはフィールドに向かって歩き出すと、チームメートとストレッチをして、外野でキャッチボールをした後、ケージで打撃練習をした。

スポンサーリンク

STATS LLCによると、シーズン最初の10試合を投手と野手の両方でプレーした最後の選手はレッドソックスのジョー・ブッシュとドジャースのクラレンス・ミッチェルだ。

それは1920年のことだ。

同じシーズンに少なくとも1試合、投手と野手の両方でプレーした最後の選手はヤンキースのリック・ローデンで、30試合先発してDHとして1試合出場した。

それは1988年のことだ。

エンゼルスのマイク・ソーシア監督「打者としてのショーヘイ、投手としてのショーヘイ、それはまるで二人のプレーヤーがいるようなものだ。彼には2つの背番号を与えればいいのに。そうすれば今日は打者なのか投手なのか見ただけでわかるしさ。」

オータニの第2打席、グレーブマンは2球シンカーを放った。最初はインコースにボール。2球目はストライクゾーンに。それを打ったオータニはセカンドゴロに倒れた。

それはやはりインコース低めだった。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です