エンゼルス選手紹介:殿堂入り確実のレジェンド、アルバート・プホルス

アルバート・プホルス(38歳) ポジション:1塁手もしくはDH

600号ホームランを打ったMLBのレジェンド

2011年オフに10年総額2億5400万ドルの契約を結んだ。7年目の2018年の年俸は2700万ドル。

「史上最高の右打者」
ドミニカ共和国出身。16歳のときに家族とともにアメリカに移住し、カージナルスにドラフト13巡目(全体402位)という低い順位で指名を受ける。しかし入団後はメキメキと頭角を現し、メジャーデビューした2001年に打率.329・37本塁打・130打点という新人離れした成績を挙げた。シーズン終了後にはナ・リーグ新人王を満票で受賞し(史上9人目)、MVP投票でも4位に入った。当時はポジションはまだ固定されておらず、1塁、3塁、外野の守備についていた。ちなみに2001年にはオリックスからカージナルス入りした田口壮選手がチームメートにいた。

その後、カージナルスでは11年間に渡り、毎年3割2分、40本塁打前後の成績を上げ(MVP受賞も3度)、「史上最高の右打者」の呼び名をほしいままにした。そして2011年のオフにFAとなり、エンゼルスと10年総額2億5400万ドルの契約を結んだ。

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成績低下に悩むエンゼルス移籍後
期待されて入団したプホルスだったが、エンゼルスでは1年目から打撃不振に苦しんだ。4月の本塁打はゼロ。最終的に12年連続となる30本塁打に到達し、2年ぶり11度目の100打点もクリアした。しかし、OPSは12年目で初めて.900を切り、本塁打数も自己最少にとどまった。
その後も爆発的な打棒は影を潜め、成績は毎年緩やかな下降線を描いた。2017年にはマイルストーンとなる通算600号本塁打を放ったものの、打率.243、本塁打23本とキャリア最低の成績に終わっている。
結局、移籍後の6年間、成績はカージナルス時代には遠く及ばず、一度もカージナルス時代の輝きを放っていない。

………………………………………. 通算打率  本塁打(年平均)   打点(年平均)
カージナルス時代(11年間) .328                 40.45本                120.80
エンゼルス時代(6年間)       .262                  28.17本                98.17

 

プホルスが成績を落とした理由、特に打率が大きく低下した理由に足の故障からくる走力の著しい低下がある。度重なる足の裏の故障/手術で、1塁までの到達に恐ろしく時間がかかる。相手からすれば、内野安打の心配がないため、内野守備陣は定位置よりかなり後ろで守ることができる。後ろで守られると鋭い打球でも内野の間を抜くことが出来ないためヒットゾーンは狭くなる一方なのだ。

また、2塁ランナーの場合シングルヒットではホームに帰って来られない、1塁ランナーとしても普通の選手なら3塁への進塁が十分可能な打球でも2塁止まりということが多く、ランナーとしてはお荷物以外の何者でもない。そのため1点勝負の試合では、終盤には代走を出されることが多い。

復活を期待したい2018年
2018年は二刀流の大谷選手が打者として出場する時はDHに入ると思われるので、プホルスは必然的に本職である1塁を守ることが多くなるだろう。走力の衰えはあるが、ボールを捉える能力、遠くへ飛ばす能力はまだまだ一級品である。伝えられるところでは今オフは3年ぶりに足の手術をしないオフになったため、早くからトレーニングを始めているとのこと。スプリング・トレーニングまでに身体を絞り、スピードを増せばまだまだ通用するだろう。
一方で、プホルスとの契約は2021年まであと4年も残っている。契約内容から言ってプホルスを放出することは事実上不可能なため、2018年もエンゼルスの主軸を打つことは確実だが、打順降格やスタメンから外れるXデイが迫っていると言わざるをえないだろう。
管理人としては、4年とは言わないが、せめてあと2年くらいは例え打順が下がったとしても、スタメンに名を連ねてほしい。

プライベートでは離婚歴のある女性と結婚しているが、その女性の連れ子がダウン症であったため、プホルス自身も積極的にダウン症児のためのチャリティ活動にかかわっている。性格は誠実で、謙虚、人格者として知られる。カージナルス時代の同僚であった田口壮氏(現オリックス二軍監督)との親交も続いている。

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